2014年01月30日

宗教の狂気

たまに古今東西の猟奇殺人とか凶悪犯罪を紹介して、考察しているこんなサイトを見たくなるときがあります。
なぜここでこのサイトをとりあげるかというと、このサイトの中で「宗教の狂気」というカテゴリーがあって、そこにザイクス・シリウス・天業古代王朝とよく似た事例が出てくるから。
オウム真理教は当然のこと、人民寺院も共通点を感じさせるのですが、ワタシが似ていると思ったのはこの内容。
以下は「Monster」からの飲用です。

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† ジェフリー・ラングレン

 1989年、アメリカ。

 ジェフリー・ラングレンは1950年、ミズーリ州インディペンデンスに生まれた。家は裕福で、両親ともにモルモン教の一派である「復元末日聖徒イエス・キリスト教会(以下略してRLDS)」の敬虔なる信者であったという。
 その妻アリスも同じくRLDS信者として生まれ育ち、夫に負けず劣らず信仰心が強く、そしてコリン・ウィルソン言うところの「支配力高位の人間」であったようだ。彼女がジェフに惹かれた何よりの理由は、彼のその押しの強さと強引な態度、自信過剰ともいえる物言いであった。支配力高位の女は、中位以下の男には見向きもしない、というのが定説のようである。

 モルモン教はアメリカで栄えただけあって、「現世利益」を追求する、ある意味合理的で楽観的な宗教である。
 死後の救済ではなく、あくまでも現世での幸福追求。
 モルモン教の教理が謳うのは、「経済的繁栄」、「男性優位」、「白人主義」、「禁酒禁煙」、「偶像崇拝」等々であった。
 開祖であるジョゼフ・スミスは債権者に追われた末、1844年に暴徒の手にかかって殺されたが、教団は残った。一派はユタ州ソルトレイクシティに移動し、もう一派はスミスの息子をいただいてオハイオ州カートランドでそのまま存続した。
 ユタ州へ渡った一派は信徒500万人を抱えるほどに成長しふくれあがったが、オハイオ州に残った一派は対照的に、信徒20万人足らずで細々とその活動を続けていかなくてはならなかった。
 彼らは、カートランドの田舎町で、救世主がふたたび現れるのをただじっと待っていたとも言える。

 1984年、ジェフリー・ラングレンは庭の芝刈りをしている最中、突然に「神の啓示」にうたれた。
 彼は当時34歳。退役軍人で、どの職についても長続きのしない、よくある「負け犬」のひとりだった。何の前触れもなく唐突に自分が預言者であると感じた彼は、妻と子供達に
「俺は主より選ばれた存在だったんだ。今までの人生がうまくいかなかったのは主のお導きで、俺が進むべき道をいつか見出すよう、主がお示しになられていたからだ。――俺は預言者にならなくてはならない。オハイオへ向かう」
 と宣言した。
 ラングレンも他のカルト宗教教祖たちと、ほぼ同じ特徴を持ち合わせていたようだ。すなわち、誇大妄想、虚言癖、権力と支配への固執、旺盛な性欲。そして暴力的であり、人種差別的であり、男権主義で、教義はハルマゲドンを想定した終末思想に根本を置いていた。過剰な性欲は当然のように倒錯的なものへと変質し、妻アリスはのちにラングレンの寝室での態度について、
「彼は自分の排泄物を性器に塗りつけて自慰するのが好きでした」
「私のネグリジェとストッキングで女装し、私にバイブレーターを持たせて肛門姦するよう強要しました」
「私を縛り上げて、胸の上に排便するのを好みました」
 と述べている。
 さらに彼は浮気の常習者で、SMやポルノの収集者で、妻や子をしばしば殴った。それでもアリスは彼を信じ、ついていった。

 オハイオで、ラングレンは本山のツアーガイドとして巡礼者を案内する任務に就いた。この仕事のおかげで彼は寄付金箱や、ギフトショップのレジに近づいてもあやしまれることがなかった。また聖書購読クラスのリーダーになれたことが幸いし、彼はひそやかに自分のシンパを増やしていった。
 長老たちが何かおかしい、と気付いたときにはすでに事態は手遅れであった。
 一部の信者からラングレンはすでに預言者として崇拝されつつあり、彼の説く異端の教義は内部から蝕む虫のように、RLDSを食い荒らしはじめていた。そしてレジや寄付金箱からは、ここ三年で、2万ドルもの金がかすめとられていた。
 RLDSはスキャンダルを恐れ、彼が黙って職を辞してくれるのなら罪を問わず、すべてを水に流そうと申し出た。
 これを受けたラングレンはシンパたちを連れて町の端にある農場へ引越し、
「信仰を忘れたよこしまな長老たちに中傷され、迫害された」
 として自分を演出した。
 さらに「聖書によると、預言者は必ず追放されるものである」と説き、信者もこれを聖書の再来であると信じ込んだ。
 ときは1987年。ラングレンは「神の軍隊」を作るべく武器を買いあさり、本山攻撃のための軍事訓練をおこたらなかった。構成メンバーは、農場に住んで共同生活を送っていた男女5人、ならびに近隣のアパートに住居をかまえていた3家族と男1人である。


 この閉鎖的な環境の中で、彼らは次第に歪んでいった。
 ラングレンの説教は日増しに狂的に、暴力的になった。妻アリスとその子供たちは「特権階級」とされ、他信者に奉仕させることを当然とした。とくに長男は軍事訓練のリーダーという立場を利用して、しばしば信者を殴り、地面に這わせ、靴に接吻させた。
 劣悪な環境と、外部情報からの遮断、単調な仕事と雑役、そして肉体的・精神的虐待。これらすべてが人間から反抗心を失わせるに有益であることは、今更言うまでもない。信者たちはより受身になり、従順になっていった。

 1989年には、軍事訓練は夜通し行なわれるようになっていた。
 ラングレンはつねに銃を携帯し(時には振り回し)、みずからを「イスラエル軍の陸軍大将」と呼んだ。あきらかに正気の沙汰ではないが、もちろんこれを嘲笑う者はいなかった。
 ラングレンの説教はついに、
「十二使徒と同じく、私とともに生き残れるのは12人のみである」
 と説くまでになった。そして罪は血で購わなければならない、罪深き者はその血で償わなければならないのだ、と。
 ラングレンは誰を殺し誰を生き残らせるつもりだ、とは明言しなかったが、誰もがまず真っ先に殺されるのはエイブリー一家だろうと知っていた。エイブリー夫妻は3人の娘とともにこの信徒に名を連ねていたが、「こんなに貢いだんだから、もうすこし待遇が良くてもよさそうなものだ」という愚痴を何度かこぼしたため、ラングレンの不興をかっていたのである。
 この時期、農場で共同生活していたうちから2人の逃亡者が出ている。彼らはそれぞれ警察に駆け込み、ラングレンが本山襲撃計画をたてていることを密告した。これにより、警察の警戒と監視は強化された。
 が、彼らの穴埋めをするかのように、この直後、女性信者がひとりと一家族が新たな仲間に加わっている。
 1989年4月10日、ラングレンは男性信徒ふたりに、墓穴を掘るよう命じた。
 エイブリー一家の処刑は4月16日になされるはずであった。しかしその前日、エイブリーがやっとマスターカードを取得できたことを報告したため、その処刑は1日延びた。ラングレンは彼を買い物に連れていき、限度額いっぱいまで銃器を買わせ、
「明日、家族を農場に連れてくるように」
 とエイブリーに言った。

 4月17日、エイブリー一家を含む信者たちは農場へ集まった。
 食卓で、エイブリーの幼い末娘が「トウモロコシは食べたくない」と言ってぐずった。ラングレンはこれを見て「邪悪と反抗のあかし」だと思い、殺害の決心をさらに固めた。(中略)

 ラングレンと信徒は数日後、ウエストバージニアへ移動し、そこでテントを張って暮らした。
 しかし生活は劣悪になり、貧窮する一方であった。ラングレンは女性信者にセックスでの奉仕を強要し、自分を「モーゼ」と称した。
 惨めきわまりない生活の中、信者はひとり、またひとりと櫛の歯が抜けるように脱落していった。そして、その間に、警察は農場へと踏み込んで墓穴の中のエイブリー一家を発見していた。

 ラングレンが逮捕されたとき、彼の周囲にいたのは妻アリスと、ほんの2、3人の信徒のみであったという。

 法廷でラングレンは5時間にもわたってみずからの教義を演説し、弁護士の思惑をめちゃくちゃにした挙句、死刑宣告を受けた。
 その他、犯行にかかわった男性信者も有罪判決を受け、妻アリスは150年の懲役刑となった。

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・・・何だかザイクスによく似ている感じがするでしょう?

社会的には負け犬だった男が神の啓示を受け、性的行為に異様に強い関心を持ち、武装し、閉鎖的環境、信者には劣悪な環境しか提供せずにぼろぼろやめていき、というところが。
特に、最後の「法廷でラングレンは5時間にもわたってみずからの教義を演説し、弁護士の思惑をめちゃくちゃにした挙句」というところがものすごくロカンさんとかぶる気がするんです。
もちろん、ロカンさんは最初は自説を滔々と主張するけど「これはまずい」と思ったら一転して誰かのせいにするんでしょうけど。
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posted by ヒカリタマ・カイ at 10:51| ザイクス・シリウスについて