2013年10月06日

カルトとザイクスと真善美

※注意:今回は汚い話も含まれるので、お食事中の方、こういう話が苦手の方は遠慮するのがよろしいかと・・・。

「真善美」という概念は哲学の発達した古代ギリシャで既に言われていたことで、人間の美徳とされる要素です。
ロカンさんによると「真善美」とは魂の側面を意味し、真=アートマ、武人気質で次男さんの担当、善=マナス、理性や知性の領域で長男翠剣クンの領域、美=ブッディ、感情を表現し長女さんの管轄とのこと。
これはロカンさんが言い出しっぺかどうかはわからないのですが、「真」と「善」は時代によって価値観が180°違ってくる場合もあります。
一番わかりやすいのが、普段は「人を殺しては良くない」という道徳が、戦争時には「敵は殺せば殺すほど良い」という理論にすり替わる・・・というやつですね。
実は「美」という、一番概念が人によって異なる美徳こそが、一番人間を律する美徳でもあるんだそうです。

確かに、戦争時、特に宗教が絡む戦争になると「善」や「真」という、一見悪とは異なる美徳が優先することで悲惨な残虐行為が行われることがしばしばあります。
十字軍なんかはその最たるものでしょう。
ところが、「美」の概念を重要視したら、そこまで残虐な行為は行われないのですよね・・・。

個人的に、カルト教団とそうでない教団の違いって「美があるかどうか?」が判断基準になるような気がします。

カルト教団はなぜか「美」という感覚に乏しくて、さらに排泄物にまみれる傾向が強い気がするんですよ・・・。
オウムの美的感覚は言うに及ばず、人民寺院も高齢者は排泄物に溢れた場所に押し込めた・・・という記録があるし、ミイラを蘇らせようとした(?!)ライフスペースの場合も、やっぱりおんなじような状況になってたそうです。

ザイクスもオウムと同じではないですが、幹部の…が入ったお酒を回し飲みした・・・という話は、イベント参加者からヒカリタマ・カイも直接聞きましたし、2chによると、シリウス店舗はカップラーメンとタバコの臭いが染み付いて、とても長居できるお店ではない・・・という話もありましたね。
それよりも何よりも、悪魔営業のやり方のどこに「美」がありますか?
よく2chでも話にあがる幹部連中の言動に「美」を感じられる方は元会員は言うまでもないと思いますが、ザイクスに服従を誓う現会員でも少ないかと思います(苦笑)。

なお、ロカンさんによるとアートマとブッディの概念が欠落して、マナスが優勢な組織は腐敗すると以前言ってました。
確かにザイクスにはアートマとブッディの概念は欠落し、「会員から如何にカネを搾り取るか?」という狡猾な理性(マナス)だけが優勢な組織になってるとも言えるかと思います。
そして、ロカンさんと緑姫さんのお子さん、長男(マナス)だけがザイクスに浸り、ブッディの長女とアートマの長男は距離を置いている・・・。

確かに仰る通りです、ロカンさんw
posted by ヒカリタマ・カイ at 18:22| 思い出話